久世、何をしている?(彼女が一人ここに残ると言い出す可能性を微塵も予見していない。二人で校舎を出るつもりしかないこの男、その気がなくとも彼女の行動を強制し、急かしていた。藍色が濃い空に冷たい星がちらつくこの日 牛島若利の人間関係は少しだけ変化をみせる。クラスメイトの女子と、はじめて放課後並んで歩いた。)
〔 1st「夕闇に消える恋の終わり」 * No.81 〕
(『微笑んでみて』に対しては、笑みを浮かべるような気持ちはないのにと僅か思案する様子を見せたのち「……。」 変わらず無表情。だがよく観察すれば多くを語らぬ口唇が平生と比べ些か引き結ばれているので、男なりの努力の姿勢がみえる。意識してみたところで柔軟に持ち上がらぬ口角、不器用な表情筋だったというだけの話。『堅い堅い』そういう彼女は自分と対照にやわらかかった。)
〔 2nd「朝焼けと嘯くくちびる」 * No.55 〕
…。キリンは、高いと思った。(子供の視点にて再現されるそれを想起しては初見の感想を手さぐりに掘り起こして述べる。心が動いたとまではいかない。他にも、ゾウは大きい、ライオンは強そう。単純で面白味のない所感ばかりが思い出された。)
〔 2nd「朝焼けと嘯くくちびる」 * No.55 〕
(彼女にされるがままの猫による男の胸に繰り出された戯れに、武骨な手は一撃受けたあたりを見降ろし さする。「これが“ふれあい体験”なのか?」相貌にも語尾にも引き続く疑問符。)
〔 2nd「朝焼けと嘯くくちびる」 * No.55 〕
(本日夕食後、学生寮にいる者で集まってクリスマスらしいことでもしようかと提案したのは元チームメイトの一人だったか。断る理由もないために頷き一つで了承したものの、その後加えられた 『プレゼント交換もしようよ!』――よって、街へ出てきた現在。)
〔 3rd「聖なる夜の解けない魔法」 * No.71 〕
(男女の二人組が互いの時間を噛みしめるように緩慢な足取りで歩く中、男の体格では道行く二人組と肩をぶつけてばかりだから、並ぶ彼女に自然と身体が寄る。通行するカップルと3度目にぶつかった拍子、片腕はもう彼女の片方とほとんどくっついていた。)
〔 3rd「聖なる夜の解けない魔法」 * No.71 〕
無理だ。俺はお前のことをよく知らない。(対し男は感情の起伏が薄い低音、最初から最後まで様相にも変化は無い。少女の振り絞られた勇気を踏みにじるみたいな真っ向からの否だった。色づいていた少女の顔が反対色に染まっていく。「でも、私のこと嫌いじゃないなら付き合って。それで駄目なら別れてもいいから。」緊張の震えとは少し違って少女の声は揺れていた。なんだか最近似たような声遣いを耳にしたような気がする。悪あがきのような言葉を受けても男の意思は揺るがない。)好きでもない奴とは付き合えない。(追い打ち。男は自分に正直だ。たちの悪いことに悪気は少しも無い。その言葉を聞いた少女は唇を震わせたあと 目じりから涙をこぼした。落ちるそれを見て悠長に男は思う。―― “彼女”が流していた涙と同じ色だ。)
〔 mini1「視線の先のあの子はだあれ?」(SIDE* girl) * No.19 〕
(立ち尽くしていた、という表現が正しかったかもしれない過日。教室に様々な情感とともに取り残された男は少女を追いかけることをしなかった。少女の言葉を何度も反芻して。その意味に追いつくために。いくらの鈍感男といえどああもぼかさぬ明瞭な言葉を受ければ、少女が牛島に向ける恋慕を理解できぬわけもない。“あの時”も、きっと牛島を想って泣いていたのだと。勘案巡らせその確かめる術のない正解に至ったのならば、先日恋慕を自ら砕いた少女の涙よりも、牛島を好きだと告げながら涙をこぼした彼女の方がどうしても、鮮烈に、男の網膜から離れない。)
〔 mini2B「秘密のかけらが散らばって」 * No.9 〕
(二人の思い出をなぞる少女の話を聞けば聞くほど『かわいくない。』と口を挟みそうになる自分を自重させねばいけなかったし、それから、べつに『迷惑じゃない』とか、むしろ『にやついてたのか』とか。彼女にかけたい言葉が次から次に充填されていく。それを口にすることはついになかったが―『好きって、どうやったらやめられるんだろうね。』そう紡いだ彼女の言葉に、胸が違和感をおぼえた。)……?(猫の手で叩かれた過日のような仕草で胸をさする。不快感ともちがう、高揚感でもない。言葉にしがたい感覚を胸におぼえては宛がう言葉がまるで見つからない。)………。(牛島がいたことに彼女が気づかないように大きな歩幅で二人から遠ざかっていく。最後の言葉。『やめる必要はない』と、思 った自分は 一体どの立場で。涙を流すほどのつらい恋慕の少しも理解してやいないくせに。鋭い瞳が伏して、教室まであと少しのところでおもむろに足をまた止める。また胸に違和感をおぼえ、自分の心のありかを見降ろした。)
〔 mini2B「秘密のかけらが散らばって」 * No.9 〕
(牛島がいたことに彼女が気づかないように大きな歩幅で二人から遠ざかっていく。最後の言葉。『やめる必要はない』と、思った自分は 一体どの立場で。涙を流すほどのつらい恋慕の少しも理解してやいないくせに。鋭い瞳が伏して、教室まであと少しのところでおもむろに足をまた止める。また胸に違和感をおぼえ、自分の心のありかを見降ろした。)
〔 mini2.B「秘密のかけらが散らばって」 * No.9 〕
退屈に思ったことはなかった。…会話を覚えていたぶん。こうしてこのままお前を終わらせないようにと手を打つ労力を惜しんでいないぶんを考えれば。 楽しかったと 言えるのかもしれない。(こんな時だって少しも和らがない人を射殺せそうな双眸は、逆にいえば真剣でしかなかった。思わせぶりだと言われるだろうか。突き離せないのはむしろ非情なのだろうか。それでも味気ない心にささやかに色をさしてくれた人だから。錠のついた引き出しの鍵を差し出してくれたのは 彼女だから。)
〔 Last「"いつか"の答え合わせをしよう」 * No.62 〕
(この双眸に映したかった春の空のような瞳と相見えればどことなく腑に落ちたような感覚をおぼえる。哀情に塗れず、平生の柔らかさでもなく。いっとうその天色が眩く煌き目が離れない。きっと こんな色と出会いたかったのだ。男のせいだと、非難というにはあまりに穏やかな言葉を受けながら「すまん」と謝罪を述べる素直さは変わらずして一貫。この色を誘ったのが自分だというのなら、どことなく悪い気がしていない。)
〔 Last「"いつか"の答え合わせをしよう」 * No.88 〕
泣かせるつもりはなかった。 だが、嬉し泣きはそういう顔なのか。(その容貌を逸らさず見据えて、一度目と二度目を想起する。その時分とはたいそう異なるその面差しに、同じ涙でもここまで違うものなのかと不思議を抱きつ。その雫の色彩をわかることが、きっと少女との出会いの意味だった。)最初に見たときよりもずっといい。(まるで淡く明るい発光色。しとどになった睫毛にさえ浸み込むあたたかな情感に連れられて、飾りのない、まごうことなき牛島若利の感情だった。自然と口唇から漏れただけにほんの少しの突っかかりもなく滑り落ちた。とめどなく白い肌を濡らした涙と共に滲んだ眦の赤、頬や鼻の頭までも赤色が伸びて浮かぶその容貌が、なぜだか今までみた少女の中でひときわだと思っ たから。)
〔 Last「"いつか"の答え合わせをしよう」 * No.88 〕