(ふと見仰ぐ空が夕陽の残照に染まるのは緩やかに瞬きをする間。恰も熟みきった朱色の実が弾けたようだと、まあ人並みの所感こそは抱えてみるけれど。絶景と称してやる程に男の心が揺蕩う暇はなかった。なんせ――「待ってて!絶対!ホント置いてかないで!」――大声を張り上げる一匹のミミズクを鎮めるのに忙殺されていたからだ。教室に忘れ物を取りに行くから着いて来てとやら懇願されて、正直やれ面倒極まりないとばかりに口唇がすげなくも軽やかに否を唱えたために始まった―しょぼくれ手前の駄々捏ねモード。此れもまた厄介なんだ。)
〔 1st「夕闇に消える恋の終わり」 * No.21 〕
(──なんだか和やかに可笑しくて、少女へと「小ぶりだからね。」と唱えながら掌を自身の肩口辺りの高さに浮かせて見せる。小柄な少女のつむじの高さを示すそれは、若干の悪戯色を口端に湛えながらの所作だった。──)
〔 1st「夕闇に消える恋の終わり」 * No.68 〕
(―――「ちょっといい?」。口にしたいのはそれ位。路を行き交う人々の喧噪の中へと前置きの響きを溶かしたのは、ふと気になった少女の顔ばせを31.3cmの差を越え覗き込んだ頃。言うなり、意思を持って伸びた掌が少女の小さな額へと宛がわれる。それは、一度目の偶然から聞きなれた大丈夫を当てにしない男の確認作業。へっちゃらかどうかの事実確認はその体温が教えてくれるだろうと思えばこそ。)
〔 2nd「朝焼けと嘯くくちびる」 * No.57 〕
(茫然。悄然。何せこんな街なかで自身の名前が響いているんだから。腹の底がざわつくこの感覚は知っている。不覚だけれど驚いているとも言い換えられるそれは、一度、二度、短いスパンで経験済み。最近よく聞くその声の響きは、恐らくあの子。振り返ればほら、やっぱり。推定、鹿子木澄礼と赤葦京治を繋ぐ直径50mと彼女の半径5m圏内の通行人による注目をシャワーのように浴びている。周囲に謝りつつもこれっぽちの事がなんのそのとばかりに男の名を呼ぶ少女が手を振り、駆けてくるから、己もつられる様にして手を――――て、振れるか。お〜い鹿子木さ〜〜〜〜んとリアクションをしてあげられるノリ良き性質でもない為にあしからず。その代わり、注目の的となるこの状況から遁逃したがるように体勢は振り向き様の儘。一直線に駆けて来る少女が此方へと辿り着くものならば、)いや、……ちょ、見られてる……。俺らすごい見られてるから。(と言うなり急いたように広げた赤葦の片腕がその元気印を迎えるだろう。少女の肩に軽く手を回せば、少女の足を止めてやるまいとばかりに共になって歩き出そうと促すのだ。そう、この注目を掻い潜りたいが為の必死。)
〔 3rd「聖なる夜の解けない魔法」 * No.31 〕
(卒業済みとの申告を聞けば、話中に滑り込ませた“サンタ→良い子”説も所詮は子供騙しである事が顕著になる。元々無理のある他愛無い戯れだから、流石にそうかと相槌を打つけれど。お転婆はすっかり良い子の鑑へと転身してくれるものだから、その性根のすなおさを受けては思わずして口許が綻んだ。「良い子だね。」と飴を添える。)
〔 3rd「聖なる夜の解けない魔法」 * No.76 〕
(柔らかな物腰で突き放す仕打ちの冷たさに自覚はあったけれど、これ以上は望めない。望まれたって困るんだ。──)
〔 mini1「視線の先のあの子はだあれ?」(SIDE* girl) * No.19 〕
(──偶々同じ方向に向かっているだけ。追い付きたいわけでもない。はず。それでも、今日この廊下にて、偶然に鉢合わせる回数が増える展開も悪い気がしなかった。随分と開いている歩幅の所為もあって、距離も少しばかり縮まっているかもしれないと思える頃合い。いつか転びそうだ。いや、その前に誰かにぶつかるんじゃないか。そうやって懸念する心を抱えながらに歩みを進めて、此処を曲がれば小さな背が見える頃じゃないかと思えた曲がり角の一歩手前。悲鳴が聞こえれば――うわ、ついにやった。)
〔 mini1「視線の先のあの子はだあれ?」(SIDE* boy) * No.22 〕
(赤に染めつくされた顔ばせを眺めて、携えた微笑みで問う。彼女が憂慮するよりもとっくの先に見つけてしまった赤は脳裏に記憶された過日の光景と結び付く。けれど今日はあの日と似ていたとしても揃って等しい訳ではない。つぶらな瞳を潤ませる浮かびかけの涙の所以は掴みきれてはいないとしても、なにせ哀しみに泣かせる様な失態を犯した自覚は無いのだ。まあ、そうやって信じ込める時は短いのだろうから、赤葦の瞳が揺らぎ始めるまでのカウントダウンはそろそろ始めても良い頃合いだろう。切欠は突然に訪れる。冬の訪れを感じ始めた頃からずっと、たったの一人ばかりに心が揺すられていた。らしくもない。)
〔 4th「僕と君と、何も知らないあの子の声」 * No.73 〕
(──そもそもこんな状況下。声だって掛ける雰囲気でこそ無いとはいえ、思わずして口を噤んだと表すのが随分と適切であるように感じられた。ドアの上の窓、嗚呼そういや締めたっけ。体育館を見に、ね いつの間に。格好――…?なんだ、それ。悪い気はしない。寧ろ、まあ――寧ろ。)
〔 mini2B「秘密のかけらが散らばって」 * No.11 〕
(──シチュエーションにデジャヴを覚え“ありえない”と説かれて不服を覚えた夕刻からも、“困らせたくない”と説かれた上で“困っているよ”と答えたがった朝からも、日はちょっとも空いてやいないというのに。動き出した心はもう退路を探そうとはしない。クラスのグループラインより拾い上げた鹿子木澄礼の連絡先をタップする指先は、躊躇いがちに通話ボタンを押下する。佇むは階段の踊り場。暮れの太陽が美しく膨れあがっていた。)
〔 Last「"いつか"の答え合わせをしよう」 * No.15 〕
(彼女だけに届けばいいと、静かな響きが二人きりに満ちていく。“俺は嫌なんだけどな”そうやって語る先刻の言葉の正体は、彼女が欲しがる心の顕れ。窓外では、熱が溶けたような朱いそらに穏やかな濃紺が溶けていく。「もっと、俺の傍に居て。」言い聞かせるような口振りの癖に唇が告げるそれは懇願にも似て。若し彼女の指先のちからがほぐれてくれたならば、握ってしまいたいとすら思った。──)
〔 Last「"いつか"の答え合わせをしよう」 * No.80 〕
(──もう、夕焼けに染まっているだなんて言い廻しは使えないねと悪戯に笑う。)
〔 Last「"いつか"の答え合わせをしよう」 * No.80 〕