(聖なる夜だろうが、通知表の成績が悪かろうが、いつもと変わらず練習を熟す部員で体育館は熱気が籠っている。中には憂いを晴らすように無駄にやる気を出す者もいるが、生憎孤爪は当て嵌まらない。寧ろいつも通り自主練を拒みながら、休憩の度に長袖の袖を引っ張って俗にいう萌え袖の状態で指先を温めていた。)
〔 3rd「聖なる夜の解けない魔法」 * No.5 〕
…佐久良さん、まだ時間ある?(「ちょっと付き合って。」と言ったのだって、単なる気紛れであり、誰かを気にする彼女を独りにさせることに不安を感じたわけじゃない。というのは、些か無理がある言い訳かもしれないけれど。)
〔 3rd「聖なる夜の解けない魔法」 * No.41 〕
…イルミネーション見る?(彼女の返答次第で経路は変わる。もし見たいと言うのならば、また人混みの中に繰り出し通りを歩いて行こう。見ないならば家まで送って行くつもり。どちらにしろ、他愛もない会話をしながら辿る道は思っていたより楽しいもので。背を向ける間際に「…メリークリスマス。」と呟いたのは孤爪にとって珍しいことなのかもしれない。例年よりもクリスマスの絢爛が気にならなかったのもきっと、華やぐ街に独りではなかったから。)
〔 3rd「聖なる夜の解けない魔法」 * No.41 〕
(「孤爪。」そう呼びかけられ、平坦な声で返事をする。対して向こうは気にする素振りも見せず「廊下で女子がお前を呼んでるぞ〜」なんて言うものだから、ちらりとそちらに視線を向けた。廊下で呼ぶということはクラスメイトではない。普通に考えれば分かることなのに頭の中に浮かんだ女子は最近言葉を交わす機会の増えたクラスメイトで、小さく頭を振る。女子=彼女という方程式は捨てた方が良い。)
〔 mini1「視線の先のあの子はだあれ?(SIDE* girl)」 * No.11 〕
(また袖を引っ張られる感覚に驚き、猫背がぴんと張り詰める。)
〔 4th「僕と君と、何も知らないあの子の声」 * No.61 〕
(けれど、彼女の言葉には本当に申し訳なさが滲み出ていたから。そんな風に後悔する関係ではいたくないと思った。気にして欲しくないと言うならば、あの日見た涙も、男性の後ろ姿も、この噂にさえ鍵をかけてしまう準備は出来ている。このままの関係でいたいと願うことは、随分身勝手だと解っていたから。それならば――思考の海に沈んでいた孤爪を引き戻したのは、袖を引っ張られる感覚だった。)
〔 4th「僕と君と、何も知らないあの子の声」 * No.61 〕
(彼女の気持ちはどうあれ、見知らぬ女子との仲介を断ってくれたことが何より嬉しく感じて、自然と口元が緩んでしまう。視線をゲーム画面に戻し、再開させた指先が操るボタンの音はどこか楽し気に響いた。)
〔 mini2A「解けぬ糸の結わせ方」 * No.9 〕
(突然の行動に驚いて瞬きの回数が増える。頬を包み込むその手の意味は孤爪には計り知れないけれど、きっと悪い意味ではないのだろうと流れる雰囲気で察し、それ以上の深追いはしなかった。代わりにその奥に潜む真意を探るように鋭い瞳孔が彼女を見つめる。)
〔 Last「"いつか"の答え合わせをしよう」 * No.53 〕
(その身勝手さに不貞腐れたように口を尖らせて、吐きだした音は多少低く響いた。)……佐久良さんは、それでいいの。おれが忘れて…今まで通りになったら、話す機が増えることもない。今年のクラス替えで離れるかもしれないし、そうなったら――このままだと、きっと、トモダチでもいられなくなる。(後ろ髪に淡々と告げるのは嘘偽りのない本心だった。少しばかりきつい言葉を放った自覚はあるけれど、謝る気はさらさらない。だって、彼女が選んだ道は孤爪の”選びたい”道とは異なっているから。彼女がこちらを振り返らないのを良いことに、浮かべたのは痛みを孕んだ表情。眉間に皺が寄っていることにも気付かずに、)おれは、ヤダ。トモダチのままも、話す機会がなくなるのも。……佐久良さんのこと、ちゃんと知れば分かる気がした。どうして、胸が痛くなったり、心が浮ついたりするのか。…でも、そういうのって、最初から決まってるよね。(頭だけで振り向いた彼女に向ける瞳は真剣そのもの。今まで散々悩んだ気持ちを知るのは意外と簡単だ。彼女の言葉ひとつで、こんなにも揺さぶられてしまう理由なんて、たった一つしかないのだから。離れたくない、傍にいて欲しい、もっと話したい――その先の感情に付ける”名前”は、もう見つけている。)見せてくれていいよ。佐久良さんの色んな表情、見たい。……好きだから。おれが好きなのは、佐久良さんだよ。(腰を僅かに上げて伸ばした手は彼女の手を掬い取れるだろうか。目の前の机に肘を付いて、彼女の右手を大事に両手で包み込んだ。そこから口では表せない想いが伝わるように。願いを込めて。――彼女の返事がどうであれ、手を包み込んでいた時間は短い。すぐに両手を離してポケットから携帯を取り出せば、時間の確認と通知の確認。何も来ていないのと時間の余裕を確認すれば、あともう少し、長くはいられない時間を一緒に過ごそう。柔らかく細められた瞳が”愛しい”という感情と共に彼女を映した。脳裏に少しでも刻めたら、と。)
〔 Last「"いつか"の答え合わせをしよう」 * No.72 〕