……〜〜っ き 傷をえぐるなぁ!(嘆くように、鬱憤するように、またも八つ当たりをするように、男に向かって叫んでやるまでさして時間は要さなかった。関係ない話だって言ったじゃん、前置きの言葉にだってちゃんと意味はあるの、聞くならもっとソフトに―――云々、かんぬん。気付けば説教を垂れていた。鈍い。鈍すぎる。鈍すぎて、なんだか、)………あぁ、もお……あんたに腹たててたら、感傷に浸りたいきもちがどっかに行っちゃったじゃん……一周廻って元気でてきたし……ありえない……。(その突拍子のなさがどうしようもなく笑えた。怒ったような、困ったような、そして幾らか笑いを堪えているような、掲げたい感情を複雑に迷わせた面貌が振り返るのは随分と文句を垂れた後だった。涙の渇いた目尻が彼の左手に向けば認めるのは紙切れ一枚。冒頭紡がれた返答の代物であると繋がったなら「忘れ物、あってよかったね。」と漸く言えた。)
〔 1st「夕闇に消える恋の終わり」 * No.75 〕
(驚かせておいて急かしてくるから、お返しには急ぎ過ぎずに支度を整えてやった。コート、白のマフラー、通学鞄。それぞれを身に纏えば、漸く男の元へ。廊下に広がる暗がりが自然と嫌なものには感じずにいた帰り道。「これあげる。」を零す後、男に押し付けたカイロは安いお礼の心算か、はたまたお節介か。いつのまに昇った月灯りが廊下にふたつの影を落としていた。)
〔 1st「夕闇に消える恋の終わり」 * No.89 〕
例えば、みつめあい………からの猫パンチ!(ちょっとした遊び心だった。見詰められている視線を辿って猫を男の顔前へとゆったり近づけて、“みつめあい”。その後は、抱いたままの猫の御手を拝借すれば「おらっ」の掛け声とともにその子の手で男の胸に軽く触れて“猫パンチ”。) なぁんちゃって。(軽やかな口調で冗談ぽく笑うのは、男と猫で散々遊んだ事後のこと。)
〔 2nd「朝焼けと嘯くくちびる」 * No.46 〕
(星を鏤めた夜のとばりをバックグラウンドにして極彩色を主張する、きよし夜の象徴=クリスマスツリー。の、脇に群がる人々のなかでも頭ひとつ綺麗にとび抜けた男の頭は、少し離れた距離から見れば見る程に目立って見えたし、アレは何より物凄く見覚えのあるシルエットだったから。あれ、―――あれ?気に掛る心は、その人の正体を確かめたい衝動に駆られるばかり。そろそろ。そろり。女の忍び足はその長身の男の隣へと立ち、徐に視線を持ち上げては答え合わせ。やっぱりそうだ。) わっ!!(と、前置きもなくあげてやるソプラノは、男の不意を衝きたい心持ちで放たれたものだった。この人混み。この喧噪下である。声が届かない可能性もあるだろうかと思っていたから、指をひらいた片手を伸ばし、彼の眼前で左右にふりふりと振ってみるのもオプションのひとつ。)
〔 3rd「聖なる夜の解けない魔法」 * No.11 〕
(『好きです』。愛らしいソプラノが静謐に満ちた廊下にまで伝わるけれど、男の返答はなんとなく予想がついていた。聞けば――――ほらね、やっぱり。)……………も、ブレないなあ。(悪気のない正直な言葉を耳朶を打てば、自らの明答にほくそえむように口角があがるけれど。胸にはいつまでも晴れ上がらない靄が残るような心地だった。ただ自分ひとりに囁くようにぽつりと落とした呟きを残して、踵はようやく地から離れたがる。幾mの距離を進みゆくなか、少女が震わす声音はあたまにこびり付いて中々に離れてくれない。私は、あの子のきもちを知っている。)………好きでも、ない…。
〔 mini1「視線の先のあの子はだあれ?」(SIDE* girl) * No.19 〕
(お気楽な笑顔は、やっぱりまぶしい。彼に則りいつも通りをなぞりながら、いつまでも立ち止まってはいられないとばかりに一歩を踏み出す合間も談笑は続いていた。あのふたり、割と仲良いよね。そんなふうに囁かれてこともあったっけといつしかを想起する。ネットを抱え込んでいた手元が軽くなるのは、「ほら貸せよ、持つから。」そう声掛ける彼の優しい言葉に絆されたのちのこと。優しい人。でも 誰にだって、優しいひと。彼は“私”だけの特別にはなりえない太陽だった。) ぜったいへんになってるじゃん…、(乱れたお団子あたまを未だ根に持って、恥じて頬を赤くそめた女は気にするように呟いていた。ほろりとこぼれた襟足の金糸を直すべく、指先で押し当てて、放す。簡単には戻ってくれない。心細くもほつれてしまったひとすじは、まるで迷い揺蕩う自分自身のようだった。)
〔 mini1「視線の先のあの子はだあれ?」(SIDE* boy) * No.19 〕
(―――好きだった。嘘も飾り気もなく。今だってこんなにも、好きが躰中を蝕んでいた。“彼”と見做して想いを馳せるそのひとは、愛想がよければ人好きもするのだろう元クラスメイトの爽やか好青年であればどれほど前進している達成感を感じられただろう。けれど。どれ程仲が良くたって どれ程時間を共にしていたって、胸を焦がして嗚咽を洩らせる相手はそうじゃない。久世蘭奈の想いびとは、たくましい背中で味方を鼓舞し力強い眼差しでただただひたむきに前を見据える質実剛健な現クラスメイトの彼―――牛島若利。ただひとり。勝手に落ちてあがきわめいた恋だった。 )
〔 4th「僕と君と、何も知らないあの子の声」 * No.84 〕
……う 牛島ってば、…あたしとの会話 案外ちゃあんと細かくおぼえてくれてるよね。そういうの、いちいち嬉しくなるからずるいなっておもう。 けど、(言動の飾り気のなさが顕すものは人となりの嘘偽りのなさ。純粋にやさしいひとなのだろうと何度だって思う。けれど、)否定はしなかったけど、でも、………ゆってないもん。(決して哀しみに暮れ尽くしていたい心算ではなかった心緒は綻ぶことを拒否したい心算でもなくて、ふふと計らずしてこぼれた吐息は笑ばんだ色味が滲んでいた。ゆってないもん、そう、決定的にはゆってない。ちょっとした屁理屈みたいな言葉を捏ねて、微かに頬が持ち上がる。)
〔 4th「僕と君と、何も知らないあの子の声」 * No.84 〕
(失恋したのかと聞かれて腹立つのは、だれのせいでと思うための八つ当り。クリスマスツリーを見上げる彼に一人かと訊ねる心の傍らには、そうであれば良いのにとさえ子狡く願った。人混みに押されて寄せられた肩の触れ合いに熱くなった頬は、年明けに受けていた告白を疎く断る姿を見掛けて安心しながらさみしく冷えた。想いを告げたところで、じぶんもこうやって突き放されるのだろうと未来を見据えてしまったから。ずっと嘘を吐いていた。恋慕を隠して、熱情を潜めて、ただの友達になってしまいたかった。大槻、と唇は隣人を呼ぶ。)……すきって……どうやったらやめられるんだろうね。(心にキャンパスに塗りたくられた情という名の色彩をすべて塗り消してしまえるような、そんな、白を探していた。)
〔 mini2B「秘密のかけらが散らばって」 * No.8 〕
しらなかったよ、牛島のそんな一面。…そんなんじゃ、やめらんない………これ以上すきになるばっかりで、…牛島への すき、やめらんないじゃん……。(目許を隠した腕の隙間からぽろぽろと涙は零れてやまないというのに、口許からは零した吐息はほころばせたような喜色が滲むものだった。スンっと鼻をすする後に唱えた「ねぇ、」はふたりきりの世界の中に存外柔く落とされて、歩み寄りたがる心を映したがるようにして顔を覆う腕をおずおずととき放つ。一度じんわり涙で滲んでしまった目許は、終いまで可愛くぽろぽろと泣いてしまえる技量は持ち合わせて居ないから。)
〔 Last「"いつか"の答え合わせをしよう」 * No.79 〕