(──冷たい風が吹き込む窓は閉められているけれど、カーテンは全て開けられたまま、ガラスの向こうから射し込む陽に目を細め、日が沈むのが早くなった、なんてありきたりな感想を心中で一人溢しては、くるりと窓に背を向ける。明かりをつけていない教室を照らす夕陽を受けてぼんやり教室の床に浮かぶ自分の影を引き連れ黒板の前へ。白いチョークで自分の名前、隣にハートをピンクのチョークで描いて、更に続けようともう一度手にとった白いチョークは動かされることなく、ゆっくり元の位置に戻される。一秒、二秒、俯いた瞬間床へ一粒滴が落ちて、ぱちりと目を瞬かせる。──)
〔 1st「夕闇に消える恋の終わり」 * No.6 〕
(ぱちり、ぱちり、瞬きをする度に目尻に溜まった水分が溢れる様に頬を伝う。クラスメイトで名前は知っているけれど、余り関わりのないタイプの彼、二人きりで話すなんて始めてじゃなかろうかとやけに落ち着いた脳内の声を聞いてから、今の自分の状態を思い出してはっとしたように彼に背を向けた。)
〔 1st「夕闇に消える恋の終わり」 * No.26 〕
(そらす事なく彼を見つめてはただ返答をじっと待つ。差し出しているのはタオルなれど、外から射し込む朱で床に浮かぶ影はまるで告白風景のようにも写りそうだ。)
〔 1st「夕闇に消える恋の終わり」 * No.77 〕
(口角をあげて頬を緩め力の抜けたような笑みで彼の挨拶に答えたなら、彼の隣に行くように歩幅を合わせる。二度目の彼の呼称を訂正する気もなく、雨の文字が入っていることは間違いないのだからあだ名の一つだとでも思えばいいかと思う楽天的な思考はこの女らしさか。)
〔 2nd「朝焼けと嘯くくちびる」 * No.22 〕
(ぽんぽんと横にいる彼の腕辺りに軽く触れる、距離感が近いと言われようと今更変えられる訳がない。不意に投げられた視線と悩むような間にぱちりと目を瞬いて、疑問符を浮かべながら首を傾げかけた時、言葉よりも耳元にて囁かれたという事実に「ひゃっ?!」と小さな声をあげては、唇を寄せられた方の耳を手で覆って彼を見た。)
〔 2nd「朝焼けと嘯くくちびる」 * No.51 〕
(人の流れをかき分けて走り寄ったその人影の背にぽすんと凭れるように飛び込んでから、彼の視界に入るべく正面へ回った。)影山君だ!こんばんは!(思わず飛び込んでしまったのは、白い息を燻ぶらせる彼の姿がなんだか寂し気に見えた気がしたから。あの登校日から段々と話しかけに行くことに躊躇を覚えなくなってきたが為、彼への対応に遠慮のない普段通りの少女が現れてきた。嫌がられるような素振りや怒った表情があれば謝罪はする心算ではもちろんあるけれど、彼の表情を覗き込むように見上げる蒼眸は穏やかな笑みをたたえたまま。)
〔 3rd「聖なる夜の解けない魔法」 * No.14 〕
(身を震わせる彼にはっと肩が跳ね片方の手袋を外してその手を伸ばして彼の頬へ添えてみる。)
〔 3rd「聖なる夜の解けない魔法」 * No.37 〕
(──きゅっと唇を噛んで一文字に閉じたら浮かびかけたのはあの日と同じ雫。あぁダメだ、もう泣かないつもりだったのに。もう泣いてないかと心配してくれた、ならいいと頭を撫でてくれた、だからもう涙は見せぬと思っていたのに。──)
〔 mini1「視線の先のあの子はだあれ?(SIDE* girl)」 * No.15 〕
(――そういえば頭を撫でてくれた人がもう一人いたなと、昨年のとある日がふと過る。きっかけはどうあれ彼との距離は少しだけ近づいたのではないかと思っているけれど、向こうから見て雨宮は一体どんな存在なんだろう。今自身がいるこの後ろ、教室でいつも見ている黒を思い浮かべノートを持つ片手にぎゅっと力が入る。撫でられた頭から髪に手を滑らせて、くるりと教室内へ向き直った顔は少しだけ赤みを帯びていた。)
〔 mini1「視線の先のあの子はだあれ?(SIDE* boy)」 * No.8 〕
(浮かべた精一杯の笑みは涙と一緒に泣き笑い。一方的で申し訳ないなとは思いつつも、多分一度止めてしまったらもう言葉にはできなかったかもしれない。袖口を目元に当てて涙を拭きながら後はもう一度、彼へ部活に行くように投げ掛けて一人日直の仕事を終わらせよう。変な話をしてごめんね、と。また明日、と。せめて笑って彼を部活に送り出そう。それくらいしか出来ることがなさそうだから。)
〔 4th「僕と君と、何も知らないあの子の声」 * No.70 〕
(──ふと顔をあげればいつかのように誰もいない教室、見上げた時計も過日と同じような時間。そしてしとしとと遠くで聞こえる水音がなんだか涙を連想させた。昨日の事のように思いだせるあの時はただ涙が出ただけだった、諦めようと思って、けれど出来なくて、離れようと思ったのに今どうしようもなく寂しいなんてもう色んな矛盾ばかり。ごちゃごちゃ絡まり出した思考はもう上手くほどけなくて、難しい事を抜きにしたら浮かんでくるのはただ会いたいなぁと、それだけで。──)
〔 Last「"いつか"の答え合わせをしよう」 * No.19 〕
(彼を見上げるかんばせは柔らかく細めた瞳も赤みを帯びて揺るんだ頬も喜色を全面に出している。もう何度も涙に濡れた蒼も今は陰ることなく澄んだまま、まっすぐに黒を見詰めてはもう一度だけ伝えよう。「貴方の事が大好きです。」と。)
〔 Last「"いつか"の答え合わせをしよう」 * No.74 〕