(自分の机の脇に置いておいた鞄の中身を整えながら、はにかみ笑顔で手を振った。小さな少女の認識が、クラスメイトのあかあしくんから、”ちょっと意地悪だけどとっても優しい赤葦京治くん”へと改められたことは、ずっと見ていた夕陽さえも知らないこと。)
〔 1st「夕闇に消える恋の終わり」 * No.80 〕
(口を動かしつつ長身の彼の隣を雛鳥のようについて歩く小さきもの。どうしたって合わなかった歩幅の短さを補完すべく自ずと歩数が増えていき、ちょこまかと今日もトレードマークのツインテールが小刻みに揺れている。)
〔 2nd「朝焼けと嘯くくちびる」 * No.2 〕
…――あっ、ごめんなさい!(見つける、認識する、名前を呼ぶまでの一連の流れを本能のままやり遂げた少女がせっかちに気づくのは、あまりの大声にほかの通行人数名の気を引いてしまったからだし、50m弱は離れた背後から呼びかける非効率さを感じ取ったからでもあった。咄嗟に謝ったものの注目は変わらず浴びながら、さっさと開き直った厚顔無恥は勢いを衰えさせず。少しでも存在をアピールする有用な手段として手を頭上で大きく振りつ、小走りに駆け寄る小女の突撃する先の目標は、ひとつきり。)
〔 3rd「聖なる夜の解けない魔法」 * No.10 〕
(酔狂な程調子のいい女だけれど、聞き分けは然程悪くない。目立っているから黙ってろ、程度に告げられれば一時口を噤むくらいはしようが、彼が選んだのは大変噛み砕かれた言葉による手綱か。ふかふかの毛糸みたいに柔らかく、けれども確りと目的地への道を真っ直ぐ向かうためのハーネスが如く。告げられた内容に両目をきらきらさせて、注がれる耳打ちに強く頷く頃にはすっかり手懐けられているだろう。)
〔 3rd「聖なる夜の解けない魔法」 * No.69 〕
(勢いに任せて気づくのも遅れていたし、言うタイミングも無かったが、近いなとは思っていた。何がって距離が。先の注目を静める為とて──赤葦くんて意外とパーソナルスペース狭い。新たな認識が植え付けられた辺りで腕の温もりが離れれば、きりりと引き締まった清涼な風に乗って杞憂も晴れた。尾を引くのはなんだか名残惜しい寂寥感。このままお別れなのはちょっぴり残念と感じる間もなく、目前にちらつかされた彼に付き添う延長の機会に飛びつかぬ女ではない。)……っ、行く!!(元気で明るいお返事はやっぱり大きくて、あっ、と気づいたしくじり顔は、もうしないと言わんばかりに口許を遮る両手で覆われた。)
〔 3rd「聖なる夜の解けない魔法」 * No.69 〕
確かにちょっとタイミング悪いなって思ったし、私は赤葦くんが好きだけど、赤葦くんにはもっといい人がいるんだからっ!そういう軽率なことは言っちゃいけません!(ビシッと擬音がなるような勢いで言い放った後、あれこれどっかで聞いたことあるな?と記憶を探る少女がいた。言ってしまってすっきりして、そんなことを気にかけるよりももっと大事なことをうっかり口にしているにも気付かず。珍しく少々怒りを表す少女の顔貌は赤らんだまま彼の方を見つめていた。)
〔 4th「僕と君と、何も知らないあの子の声」 * No.58 〕
(彼との関係の今まで以上を求めやしないけれど、今は以下にすることもできなかった。だから、彼から何らかの否定を受けてしまったらきっともう耐えられない。彼の前で泣くことはもう嫌だった。それまで大して関わりの無かったふたりのきっかけが、紅を滲ませた秋の日だというのはよく分かっている。涙が彼の気を引くことさえ、きっと私は期待してしまうから。)
〔 4th「僕と君と、何も知らないあの子の声」 * No.80 〕
(いつぞやに書きかけの水彩画は先日一先ず完成と札がかかり、水平線に朱色の波がたゆたう夕陽の絵となった。有り触れた街並みが橙色に染まる時を切り取ったような背景の中心、緋色の光源は今日もあたたかに教室内を照らしている。彼の優しさを再度知らしめられた秋の日のようだった。)
〔 Last「"いつか"の答え合わせをしよう」 * No.29 〕
(涙は見せたくなかった。相手に与える印象が決して良いように転ぶわけじゃないと分かっているから。それでも、彼を思えば切なく溢れる雫は、今だって頬を伝うのが分かる。制服に水玉模様をつけてもなお、はらはらとこぼれて。こんな我儘を言い張るのは、彼が意地悪な問答を聞かせるからだ。何もかも、彼のせいにしてしまって、取り繕うの後でいいと開き直ってしまおう。こんなに欲張りになってしまったのは、──赤葦くんの所為だから。)もう、赤葦くんがいてくれないと、平気じゃない……ッ!
〔 Last「"いつか"の答え合わせをしよう」 * No.71 〕
(温めすぎてこじらせてしまった恋心は、自分ではどうにもならないところから漏れだしていくようだった。涙を纏った睫毛が瞬くたびに、きらきらと飛沫を飛ばすみたい。彼は、今日も輝いて見える。)
〔 Last「"いつか"の答え合わせをしよう」 * No. 89 〕
い、じわるあかあしくんだ…。──だめって言ったら、好きになってくれない?(吐息の掛かる耳が熱い。いくらも経っても少女は紅いまま、涙声に少しのはみかみ。わたしだっていじわるする。)
〔 Last「"いつか"の答え合わせをしよう」 * No.89 〕