…………なんで、ほっといてくんねーの。及川が男だから?あたしが女だから?……身長が、170あるのは、…女じゃねーのに、さあ…っ、(嗚呼、本当に今日は口がよく滑る。耳元蘇るのは、良心が傷むといった彼の言葉ともう一つ――忘れたいのにこびり付いて離れない嫌な音。今できる事は嫉妬しかなくて、それしか出来ないのならばせめて心引っ掻かれていたいのに。そこに向けて優しさ零す彼へ見っとも無い八つ当たり。いつの間にか止まっていた雫はまた込み上げて拭った涙跡に沿いぼだぼたと大粒で零れ落ちる。「………いま、の、…っ、なし…っ」付け足した訂正は嗚咽が混じった。)
〔 1st「夕闇に消える恋の終わり」 * No.51 〕
ね、何買うか迷ってんならさ、ちょっとこれ買ってみてよ。おいしそうだし。(指差したのは、温かい飲み物の一つ、りんごジュースとトマトジュースがミックスとなったもの。よく見かけるのだから美味しくはあるのだろう。しかし味の想像ができなくて試す事ないまま現在に至るので、悩んでいるのならば味見ーある意味では毒味ーとして候補の一つに入れて貰おうと、口端は楽しげに上がり、孤を描く唇。)
〔 2nd「朝焼けと嘯くくちびる」 * No.27 〕
っ、ぶは、! だめだ、むりむりむり、!笑わ、せんな、っての…!むり、うける、まじむり…!(盛大に噴出して、笑った。彼の言葉と表情から察するにそれは”微妙”なようだ。自分から提案しておいてなんだと文句がくるだろうか。そうだとしても浅い笑いのツボつかれた為止められずにお腹抱えて時々「腹痛い」と零しながら笑う事暫し。一頻り笑った後は、目尻に溜まった涙を手袋に覆われた指先で拭って「え、まじで。飲んでみたい」とまだ僅か笑いで震える声で紡いで、差し出される問題のそれに手を伸ばして受け取ろうか。)
〔 2nd「朝焼けと嘯くくちびる」 * No.44 〕
おっっっせーっての!!つか、授業終わっても気持ちよさそーー…に寝てたのは、一体どこのどいつだ?あ?(「いたいいたい!ごめんって!ギブギブギブ!!!」よく伸びる柔らかな頬引っ張り遊ぶのを堪能したのならばその手を離そう。日に焼けた頬はその上からでも分かるほどに赤く染まっている、から、)ぶは! ふ、ははっ!うける、優樹、ほっぺまっかっかじゃん!!
〔 mini1「視線の先のあの子はだあれ?」(SIDE* boy) * No.9 〕
あのさあ………そんなに噂とか好きなら、聞いたことあんだろ、……あたしに彼氏がいるって話も。(「知ってる。で、その相手が及川なんだろ?」重ねられる勘違いを打ち消すべく、苛立ちを押さえ込むようにして笑顔貼り付けたのならば、)――1980年、8月19日生まれの36歳。身長は180センチ、A型。……ほら、当てはまってねーぞ。(紡ぐプロフィール。次々に並べたそれを全て、スペースで区切って検索エンジンにかければいとも簡単に特定の人物まで辿り着ける程にありふれたものだけれど。その人物が既婚、子持ちな事は触れずに平然と告げて、後ろにいる彼の方を少しだけ振り向いて比べるように仕向けたのならば、相手は飯田の意図通りに解釈をしてくれたようで、納得したように「確かに…36歳じゃないな」「やっぱり及川と付き合ってたのはただの噂だったんだな…」なんて頷いて。彼との噂の前に飯田を纏っていた、"年上の彼氏がいる"のそれに上乗せ。勿論、年上の彼氏所か彼氏が居る事さえも嘘である。既出済みの噂である為に力は弱いかもしれないけれど、――人の噂も七十五日。噂を無くすには時が経ち忘れ去られるのを待つか、もっと興味が持てるものを挙げて矛先を逸らしてしまえばいい。否定も肯定もせずにただただ独り歩きしていく様を見守るだけであった噂を、本人から肯定したとなれば、見事に信じきっている目の前の相手ならば簡単に広めてくれるだろう。)
〔 4th「僕と君と、何も知らないあの子の声」 * No.46 〕
……あたしさ、うちのクラスの優樹が…相澤の事が好きだったんだよね。失恋するまではばかみたいに「あいつしかいない!」って思ってたんだけど、なんだろ…薄情なんかな。…元々よく喋ってたし、あいつが何してんのかなーって思う事はあんだけど……もう、何ともねーの。…それよりも――(別に気になる事があるから。続く言葉は音に成る前に「なんでもない」で濁して。思い出したのはいつかの昼休み。小柄な少女と彼の姿、彼の否定の言葉。何一つ間違っていないというのに何故か不快感を覚えた胸の奥。気付いているような気付きたくないような、認めたくないような、ぐるぐると回る感情には終止符打ちつけて蓋をしてしまいたい。)
〔 4th「僕と君と、何も知らないあの子の声」 * No.67 〕
(――今、確かに心が彼で鳴っているのを感じた。嫌いな訳がない。朝起きたら一番に考えた、夜寝る前に思い出した。単純だと思う。軽いなとも思う。それでもいつの間にか心に入り込んでいた人は、頭の中も一杯に埋め尽くした。嘘であっても”きらい”なんて紡げなくて、唇を噛んで沈黙貫くのみ。否定も肯定も何もできなくてただただ彼がもういいと諦めてくれる事を願う、うそつきな上にずるい女。ルビーレッドの瞳を固く閉じて、立ち去る彼の背中も見えなくしてしまえ。どこまでもずるくてどうしようもないけれど、動揺により正常な判断できぬ脳ではそれが精一杯。それなのに――黒の中で感じた近付く気配は紛れも無い彼の物で、優しく鼓膜揺らした音だって、全部彼からの物。目を開いてゆっくり持ち上げたかんばせ。涙の膜が張ってぼやける前に一瞬だけ、けど確かに見えた彼の頬にさす赤。大好きな色だ。)
〔 Last「"いつか"の答え合わせをしよう」 * No.68 〕
ああもう、なんで……全部、ぜんぶ捨てようとしたのに…、…腹立つわあ…っ、(瞬いたと同時、零れ落ちる一滴と降り注ぐ青色に、強がりも意地っ張りも全て溶けてしまえば残るのは想いだけ。)…でも、すき。……好きだよ。………この意味がおんなじで、…嘘じゃなくて、夢でもないなら………さよならは、………………やだ…っ。(蓋をして押し込んでいた想いは今開いて、ゆっくりと音になる。頬に赤色が移ってどうしようもなくもどかしいけれど、彼に恋する姿が僅かでも可愛く映ってくれたらなんてーー馬鹿みたいなことばかり考えた、)
〔 Last「"いつか"の答え合わせをしよう」 * No.68 〕